非進学校から関大へ大逆転合格!

 
 

センプレ生 井村くん
関西大学 経済学部へ進学


富山県出身/県立高校/現役

その他の合格校
富山大学 経済学部
大阪経済大学(センター利用)

 

 

【自分を責め続けた日々】

僕は高校受験に失敗し、2次募集のあった非進学校に進学しました。だから高校に入った頃から「なんとしてでも難関大に逆転合格してやる!!」という気持ちが常にありました。

しかし校内一厳しい部活に入部したこともあり、気づけば模試の偏差値は30台を取るのが当たり前になっていました。

それでも逆転合格への思いは捨てきれなかったため、勉強法をネットで調べたり、自分なりに計画を立てたり、何冊もの参考書に手を伸ばしたりと、学力を上げるために出来る限りのことはやりました。

当時の僕の勉強法はというと、インターネットで調べて見つけた「参考書ルート」に沿ってひたすらやること。「この参考書ルートを完璧にすればMARCH合格レベルに到達する」というようなことが書いてあったので、ルート通りに勉強を進めていました。

その時の心境は「これをやっとけばなんとかなるやろ」という感じ。

しかし、全く成績は伸びませんでした。ちゃんとやることはやっているはずなのに。なんでなんだ!!!

「やっぱりどんなに頑張っても結果を出せない人間なんだ。」

このように自分に自信を失いかけていた時、偶然センプレに出会いました。
自分を変えたいと思い、入会を決意したのは高2の終わり頃。
これがあとから思えば僕の人生最大のターニングポイントでした。

 

【自分だけの合格ルートを作る】

センプレを始めてからは、勉強に対する見方のすべてが変わりました。

まず、それまでやっていた「ルート通りの勉強法」が間違いだったことに気がつきました。これまでの僕は盲目的に勉強をやっていただけでした。

センプレには決まったルートはありません。
なぜなら一人ひとり状況は異なるので、一人ひとり全く違ったルートを作ったほうが良いからです。

担当の中野先生との指導でも、そして日々の学びログでも、とにかく「考える」ということをしました。週に1度、受験のプロの先生との指導で自分の状況に見合った計画を立て、改善点に対して先生からアドバイスをもらい、そして日々学びログを活用しながら考え、行動を重ねていきました。その上で、自分に合った、自分だけの合格ルートを中野先生と一緒に作っていきました。

以前の僕は「部活している分を取り戻さなきゃ!」と思うあまり、できもしない量の計画を立てたり、参考書を闇雲にやったり、終いにはマーカーばかり引いて勉強した気になったりと、そんなことばかりを繰り返していました。でも、センプレを始めてからは全くそんなことがなくなりました。

今思えば、当たり前のことをセンプレを始めるまでは分かっていなかったのだと思います。一つのルート通りにやってもうまくいかなかった理由がよくわかりました。

「これをやっとけばどうにかなるやろ」ではなく「これをやらなくちゃいけない。なぜなら・・・」という思考に変わっていきました。
そのおかげで勉強に対する不安がなくなり確信を持って勉強に励むことができるようになったと思います。
 

【偏差値40からの逆転劇へ】

受験勉強のギアが切り替わったのは高3の6月の部活引退直後から。引退してすぐに受験モードに切り替えられたのは、それまでにセンプレで英語の基礎固めを進められていたからだと思います。

でも、すぐに成績が上がったわけではありません。

当時受けた模試でも偏差値40台を叩き出していたし、夏のはじめにやった志望校の関西大学の過去問も結果は散々でした。

合格最低点の半分である3割5分しか取れなかったのです。

流石に落ち込んで、志望校を変更しようか迷いました。しかし、日を重ねるごとにやっぱり関西大学に行きたいという気持ちが強くなっていたし、なにより中野先生からの熱い応援があったので諦めずに努力を続けることかできました。

そして、夏休みが終わる頃には、本当に信じられないくらい勉強に熱中できるようになっていました。毎日10時間以上机に向かっていました。時間があればずっと勉強をしていました。(そのおかげで受験を終える頃には椅子の座りすぎでおしりにあざができていました。。。笑)

自分の頭で必要なことを考えて勉強をする癖がついたので、参考書を積み上げれば積み上げるほど、どんどんゴールに近づいている確信がありました。そんな状態だったので、勉強にハマるような感覚で楽しみながらできるようになっていました。

そして、受験直前期からスタートした過去問対策。
中野先生にヒントをもらいながら、合格最低点に近づくために分析と対策をし続けました。そして最終局面では、過去問が4回に1回の確率で合格点に届くまでになりました。関西大学の場合、複数回チャンスがあることもあり、本当に合格が見えてきたと思いました。

 

 積み上げていった参考書とセンプレノート

 積み上げていった参考書とセンプレノート

 

【諦めなければ道は開ける!】

センプレに入って良かったと思った、忘れられないエピソードがあります。

模試の判定は最後まで余裕でE判定でした。だから高校では「かなり厳しい」と言われ続けました。

そんな中、センプレは、中野先生は違いました。

受験を通して1度も否定されることがありませんでした。むしろ「受かるためにはこうしてこの時までにあれをすれば大丈夫!」「このままいけば絶対受かる!」など思い起こせば数え切れないくらいの前向きな言葉をかけてくれました。

これらの言葉は、僕の学力を正確に把握してくれていて、そして合格までの道を知っておられる中野先生だからこその言葉だったと思います。

センプレをやっていなかったら周りの言葉に納得してしまい、戦いを避けていたと思います。

「諦めなければ道は開ける!」

そんなことを教えてくれた存在でした。


【そして試験本番】

そして試験本番がスタート。
その時の学びログに僕はこんなことを書いています。

「明日から本命の関西大学の入試が始まります。ここまでくるのにほんといろいろとありました。 振り返ってみると、部活を引退してからの8ヶ月間は今思えば、よくあれほど頑張れたものかと… そして、 自分を誇らしく思うと同時に褒めてやりたいです!!受験に関しては全く悔いはないです!やりきりました! もう一度6月に戻って勉強しても今までと同じ道をたどると思います!笑 センプレを通して人としてすごく成長できました。センプレに出会えて心の底から良かったと思えます。 明日からの7日間、感謝の気持ちを絶対に忘れず、自分を信じて頑張ってきます!」

関西大学の入試ではとにかくすべてを出し切りました。全日程が終わった時は清々しい気持ちでいっぱいでした。

父からはこんな言葉をもらいました。

「よく頑張った!もし結果が思うようなものじゃなくても、努力した成果は無駄ではない。落ちてたら、ただ神様がいじわるしただけのことで気にすることはない。それに大学なんかどこでもいいと思ってる。お前が高校受験に失敗して、行きたくなかった高校に進学することになったけど、そこでまたこれまでのように努力して成長できたじゃないか。これからがまた勝負だよ。とりあえず、お疲れ様!」

そして、受験発表日。

発表を聞いたあと、学びログにはこんなことを書きました。

ご報告です。

無事、関西大学受かりました!

ほんとに頑張ってきてよかった。 
そして、センプレに出会えてよかった。 
中野先生に出会えてよかった。

全てに感謝。

ほんとに夢みたいです。 
大逆転合格!!!!!!!

明日学校で先生の驚く顔が楽しみです。笑

1年間ほんとにほんとにお世話になりました!

ありがとうございました!


合格後は幸せの絶頂でした。

通っていた高校が非進学校で、しかもきつい部活をやりきっての合格だったので周囲には本当に驚かれました。「え、なんで?」と、言われることもありました。


【自分で考え行動する】

僕はセンプレに出会ってから

「自分にはなにが足りないんだろう?」

「どこが苦手でどうしたら改善できるのだろう?」

「どうしたら合格点に届くのだろう?」

こういったことをひたすら考え続けました。今思えば、この「考える」ということが僕の受験において1番の収穫でした。

「何か達成したいことがあっても自ら考え行動を起こさなければなにも残らない。しかし自ら考え行動すれば未来はどうにでも変えることができる!」

そんなことを学んだ受験生活でした。

これから先、受験のように自分が試される場が何度もあると思います。

そんな時は「自分で考え行動する」ということをセンプレで身につけた僕ならどんなことでも挑戦し立ち向かうことができると確信しています。
 

【中野先生からのコメント】



井村の指導を開始したのは2016年の3月。

最初は、「今まで、部活で培ってきた体力とメンタルだけで戦い続けている生徒」でした。それだけに、戦略よりも、その時々の気分と気持ちが先行してしまうことも多々ありました。

そんな彼がうまくいった理由は、主に2点あったように思います。

一つは、「大きく転ばなかったこと」です。
「勉強」を「できない」を「できる」ようにしていくプロセスとして定義すると、「勉強」を続けることは、うまくいかないことや、自分の足りなさに向き合い続けることだと言えます。
彼にとっても「勉強」はときに苦しいもので、逃げたくなることもあったはずです。

しかし、彼はほとんど逃げず、不調や苦しみに対して真向から向き合って、学びログを書き、指導に臨んでいました。その結果として、彼は、ほかの人が停滞していた時期も、学習を続け、成績を絶え間なく伸ばし続けました。

もう一つは、「捨てたこと」です。

彼は国立大学も受験する予定だったため、数学含め、多くの科目を勉強していました。
そのため、私立文系の科目選択では、センターの比率が高い数学を選んでいました。しかし、学習を進めているうちに、数学を選択して関西大学の合格点を取るためには、勉強をしなければならない部分が多く残っていることに、気づきます。

彼は、そのときこういいました。

「国立より関西大に行きたいから、数学は捨てます。代わりに地理を選びます。地理を選択したら、受験できる学校の数は減るけれど、そうじゃないと合格できない。」

ぼくはこれがターニングポイントだったと思います。10月ころでした。
彼が、こういう決断ができたのは、「受かるためには何が必要なのか?」ということを、この半年間、指導や学びログを通じて考え続けてきたからだと思います。

3月頃の彼だったら、「どっちも(センターも私大も)取ります」と言ってがむしゃらに勉強をしていたのかもしれません。

持ち前の体力やメンタルに加え、受験を通じて「戦略性」を手に入れた彼の大学生活がどうなるのか、楽しみでなりません。